ある晴れた昼下がり市場へ続く道――なんて言うと、どうしても哀れな仔牛の姿を思い浮かべてしまう人も少なくないだろう。  しかし、このガタガタ揺れるチョコボ車に乗っているのは可哀想な仔牛ではなく、可愛くて慎まやかで可憐で繊細でバックが常にキラキラしてて喋るときには花々が 「自画自賛はその辺にしときな、テム子ちゃん」 「せっかくのナレーションなんだから、少しくらい好きにさせてくれたっていいじゃないですか!」 「先輩が喋るときにバックがキラキラしてるの見たことないっス……」 「そ、それは見習いちゃんがまだこの隊に来て日が浅いから…かもよ?」 「俺も見たことねえぜ、ずっと前からこの隊にいるけどな。  見たことあるのはギャグシーンの集中線くらいか」  ひどい、まるで私がギャグ担当のようだ。  シーフさんこそ真面目な顔なんて見たことない。  せいぜいえっちいことについて主張するときくらいだ。変態め。いやド変態め。  チョコボ車がまた大きく揺れて、カバンの中に詰まったポーションがガラス特有の小気味よい音を立てた。  幌の外は日差しが強くて、遠くを見渡すと草原の緑が眩しすぎて思わず目を細める。  今日は暑い。きっと明日も暑い。  時折吹き込んでくる涼やかな風が心地よい。私は夏が嫌いじゃなかった。  文学的な気分に浸っていると、下品に服をばたばたさせていたシーフさんが  いきなり外に向かって叫んだ。変態め。いや超変態め。 「おい、ナイト君よ。そろそろ代わるぜ?」 「いいや、ドーターまではもうすぐだろう。このままでいいよ」 「頑張るねえ、そのクソ暑そうな格好で」 「もう慣れたさ、それに急に敵が出てきてから着替えるなんて間抜けな真似もできないだろう」 「ナイトさん、真面目っスねえ」 「ははは、あいつのはもう病気だ。真面目とかじゃなくて根っからのナイトなんだよ」 「ほへー、すごいなあ」  見習いちゃんが感心するのも無理はない。  ナイトさんは出発の時からこの猛暑の中、ずっとチョコボの手綱を握っている。  ただでさえ重くて分厚い鎧をつけたままなのに、普通なら発狂しそうなくらい暑いんじゃないだろうか。流石だ。  紳士的だし、いつも糸目の笑顔だ。なんで傭兵なんかやってるのかわからない。  実はどっかの貴族だったりするんじゃないだろうか。考えすぎか。  あれそういえば、私たちには敬語使うのに、なんでシーフさんと喋るときには普通なんだろ。  変態だからかな。違った、極変態 「さっきから変態変態言い過ぎだ」 「事実でしょ。ていうか地の文読まないでくださいよ! しかも二度目ですよ!」 「でも、ナイトさんが師匠に敬語使わないのは私も気になってたっス。なんで?」 「俺が知るかよ、いるんだからアイツに聞きな」  暑かったが、幌から少し身を乗り出してナイトさんに聞いてみた。 「ああ、最初会ったのが戦場でしてね」 「でも、戦友の私たちには敬語じゃないですか」 「思い出してください、僕はルカヴィに敬語を使っていましたか?」 「え、ルカヴィって何っスか?」 「後で説明するね…え、じゃあシーフさんとナイトさん敵同士だったんですか?」 「まあ、最初はそうでした。いろいろあって、彼をこの隊に引き入れることになったんですよ」 「んで、今更敬語ってのもなんだかおかしいからこうなったってわけだ」  変態が後ろから注釈を加える。そーだったのかあ…知らなかった。  はっ、しまった!私はともかく見習いちゃんはミニスカだ!この変態が後ろにいては危ない!汚される!  先輩としてすばやく見習いちゃんの後ろに回りこむ。ふふ、これで覗けまい。変態ターボめ。 「誰がお前らのような子供のケツを見て楽しむか、そして誰が変態ターボか」 「立派なレィディーズですっ! そして地の文を読むな!」 「し、師匠、見てたんスか? 私のお尻…」 「見てねえーっての! いいか、俺のストライクゾーンは18〜28歳までの綺麗で可愛いDカップ以上の女子だ!  それ以外は認めん!」 「後3年も経てばそんくらいなってやるわよ! ね、見習いちゃん!」 「そうなったら私も師匠にそんな目で…見られちゃうんスか…?」 「そうなってから言いやがれ! 全く、俺の崇高なロマンをそんな下賎な目で見やがって…」  何が崇高なロマンだ、この変態フェスティバルめ。見習いちゃんが真っ赤になって恥ずかしがっているではないか。  こんなやつがあのナイトさんと戦って生き残ったのが不思議だ。  むしろ、そのまま剣の錆になってしまえばすっきりしたのに。  ああ、見習いちゃんはなんでこんな変態マニアックスに師事しているのか。騙されたのか。詐欺か。 「師匠は必殺技がすごいんスよ! こう、ズバババーって! 二刀流で!」 「ええー…見たことないよ、そんなカッコイイシーフさん…」 「ホントなんスよー、ずばばーって…ねえ、師匠」 「あん? あ、ああ、そうだな」  何か隠している。明らかに怪しい。きっと何かいかがわしい技の研究をしていたのだ。きっとそうに違いない。  どうせこの変態グレートがシーフになったのも、下着ドロを素早く的確に行うためだ。  そうだ、そうに決まってる。変態スーパーめ。 「違うわ! 俺には偉大なる目的があってだな!」 「ええ、そうなんスか!? 聞きたい!」 「聞かせてくださいよ、その偉大なる目的。地の文読むな」 「ふふん、聞いて驚くなよ…それはな」  シーフさんがこんなに真面目で悲しそうな顔をしているのは、今まで見たことがなかった。  少しだけ、ほんのちょっぴり少しだけだけどカッコいいように見える。  これはもしかしたら、本当に触れちゃいけない過去とかがあるんだろうか。  見習いちゃんもそのただならぬ雰囲気に固唾を飲んで見ている。  でも、気になる。きっとそれはシーフさんの昔の恋人とか家族とかそんな過去の傷が… 「ハートを盗むためだ」  なかった。  はあ、何を言っているんだこのディ・モールト変態は。  やはり、ナイトさんの剣の錆になってしまっていればこの世は平和だったのだ。  しかし、これで見習いちゃんもこんな変態狂気に教えを乞おうなんて考えは… 「師匠、なんかカッコいいっス! すごいっス!」 「そうか、わかってくれるか…流石は俺が見込んだだけのことはある」  この師匠にして、この弟子ありか。  きっと、この子がここに来てこの変態アルティメットに出会うのは必然だったんだろうな。うん。  見習いちゃんは目をキラキラさせながら、変態レクイエムのことを見つめている。  ああ、世の中って想像以上だ。 「もうドーターが見えてきましたよ」  前方からナイトさんの声が聞こえる。あの人はきっとまともな世界の住人だよね。  うん、あんまり可哀想な見習いちゃんのことを考えるのはやめよう。  もしかしたら、一時的な感冒みたいなものかもしれないし。  これから買出ししなくちゃいけないんだから、この変態リミックスと話してたら無駄にエネルギーを使ってしまう。  この可憐で可愛くて繊細で美しくて清らかでバックが常にキラキラで口を開けば花々のエフェクトが 「さっきと少し違うじゃねえか」 「あーもう! だから地の文読まないでって言ってるじゃないですか!」 「うおっなんだ、やる気か? てめえ出すとこからポーション流し込むぞ」 「うるさいうるさいこの変態魔人!」 「お、落ち着いてくださいっスよー、暴れたら幌の中暑くなっちゃうっスよー」 「あんまり騒いだら、疲れちゃいますよー…って聞いてないか」  チョコボ車はさっきよりもガタンガタン揺れるけど、日差しは何も変わらずにジリジリと照り付けている。  空はどこまでも青くて、地面に広がる緑色とよく似合っていた。                                                       終