第31話

 次々と子供達が選ばれてゆき、その度に爆発が起き、バラバラになった死体が赤く染まった地雷原に横たわっていく。まだ選ばれていない子供と運よく難を逃れた子供、最初は三十人前後の人数だったのが、今は十二人になってしまっている。地雷の犠牲にならなかった子供達は緊張の糸が切れた瞬間に失禁している。血の雨に打たれた子供もいる。その目の前の、今までの光景が比べ物にならないほどの惨劇を目の当たりにしたため、気絶している子供もいる。
「さて、次は……」
 血しぶきが顔に降りかかった中佐がダリの方を見た。
「お前と、それからドンゴ=カーリッヒ。お前に言ってもらおう」
 とうとうダリが呼ばれた。それも、先ほどまで殴り合いをしたドンゴがパートナーになった。ドンゴは自分の名前が呼ばれた事に、何の焦りも見せなかった。何故これほどまでに落ち着いていられるのだろうか? 本当に子供、いや、人間なのだろうか? それとも、本当は不安でたまらないのを必死に隠しているだけなのであろうか? ダリに見せているドンゴ=カーリッヒは、単なる殻の部分にすぎないではないのだろうか?
「まさかおまえとパートナーになるなんて……。まあいいや。くれぐれもボクの足を引っぱらないようにしてくれよ」
 先ほどと変わらない冷淡な笑みを浮かべたドンゴが立ち上がり、脚を前に出した。ダリも震えながら立ち上がり、右手首に巻いてある青い紐に左手をあてた。それだけで、母親が自分を守ってくれているような気がした。このどんな色よりも綺麗に見える深い青が、ダリの心から恐怖を取り除いてくれるような気がした。しかし、それは本当に「気がした」だけであった。目の前に広がる現実の光景を目の当たりにしているからだ。右手首に巻いてある青と対照的に、赤く染まっている大地。この場所において、青と赤は、あらゆる意味で対極をなしていた。心を落ち着かせるダリの右手にある青。それとは逆に、恐怖心を植えつける目の前に広がっている赤い海。風が吹いて、その海がまるで波をたてているようにも見えた。右手にある青を恐ろしい紫色にしたくない、ダリはそう思いながら深呼吸をした。血の味が混ざったようにも思える空気を肺に一杯吸い込み、そこから恐怖心の混ざった汚れた空気を吐き出した。
 ダリがドンゴの方を一瞬見た。目に映ったのは、自分の目を疑うような光景だった。ドンゴが恐怖の表情を浮かべていたのだ。先ほどまでの彼は、自分の身に何が起ころうが、決して恐怖の色を浮かべずに冷静さを保っていた。しかし、今のダリの目に映ったのは、異常事態に怯える極普通の少年であった。本来ならばそれが正常なのだが、今までのドンゴを目の当たりにしてきたダリからしてみれば、今のドンゴはドンゴには見えなかったのだ。それとも、今までのドンゴはダリが頭の中で勝手に作り上げた幻だったのだろうか?
「ここでウダウダしていてもしょうがないからいくよ」と、ドンゴが右足と左足を交互に動かし「早くこいよ。おくびょうもの」
 違う。いつもと変わらないドンゴだ。それがダリを失望させた。もしかしたらドンゴも他の少年と同じように恐怖におののいているのではないか? そのような期待は粉々に粉砕された。ダリも足元を注意しながら進んでいく。
 靴の裏で赤く染まった地面を踏みしめる。その度に嫌な感触を覚えるような気がしていた。鉄のような臭いがダリの鼻を突く。それはドンゴも同じだったらしく、思わず自分の口と鼻を手で抑えている。ここにいるだけで、胃の中のものを全て外にぶちまけてしまうような気がした。現に、ダリの喉下まで嘔吐物がこみ上げてきているのだ。口の中に酸っぱい味が広がってきているが、それを懸命に堪えて飲み込み、再び胃の中へと押し戻す。
 ダリの腕を通常のサラサラした汗の他に、粘り気を含んだ脂汗が流れ始めた。それは最初から流れていたのかもしれないが、通常の汗の方が割合が大きかったためか、それが流れている事をあまり実感できなかったが、今では違う。脂汗の方の割合が大きくなってきているのだ。脚の震えも一層強くなってきている。それがダリの進行を妨げている。その間にもドンゴは前へ前へと進んでいく。埋まっている地雷を的確に避けながら、ゆっくりと、確実に。二人の距離は五メートルほど開いている。
 その時だった。ドンゴが金属の丸い板のような物を踏みつけようとしている。
「ドンゴ! 足をおろさないで!」
 しかしドンゴはダリの叫びが聞こえていないのか、足を下ろそうとしている。ダリはここが地雷原にもかかわらず、ドンゴに向かって全速力で走った。距離が次第に縮まっていく。ドンゴはダリが自分の方に向かってくるのを見た。今にも足がマンホールのようなものに触れそうになっている。ダリがドンゴのことを思い切り突き飛ばした。走りながら突き飛ばしたため、ドンゴは思いのほかその地雷から離れる事ができた。
 だが、ダリの足がマンホールのようなものを踏み、カチッという音が聞こえた。ダリの勢いは止まらず、ちょうどオリンピックの短距離選手がゴールを過ぎても未だに足が止まらないのと同じ状態になっている。ダリは前方に飛び込んだ。そして、地雷の真上に右足がある状態になった時、地面から爆炎と黒煙、爆風がその場に巻き起こった。他の地雷に比べて威力が弱かったのか、ドンゴに被害はなかった。しかし、それでもダリの体は血しぶきを撒き散らしながら低空を舞った。ドンゴが大慌てでダリに駆け寄る。まだ生きている。幸い上半身は軽い火傷ですんでいるようだった。だが、ダリの左足は違った。重度の火傷を負って、皮膚がはがれている。そして、右足はダリの体にはくっついていなかった。